Sunday, February 14, 2016

DiEM25-ヨーロッパ民主主義運動の立ち上げイベントに参加して

2月9日、ベルリンにて、Democracy in Europe Movement '25 (DiEM25)の立ち上げイベントが行われた。当日は、午前11時から午後6時まで記者会見兼初回ミーティングが行われ、午後8時半から午後11時まで一般参加者向けの立ち上げイベントが行われた。私は両方とも参加した。以下はその記録である。

まず、記者会見会場には常時100名以上の記者や活動家が入っていた。出入りも激しかったので、少なくとも200名、もしかしたら300名近くの人たちが会見に参加したのかもしれない。

会場では、部屋の中央を中心として、円形に椅子が並べられていた。椅子を確保できなかった参加者は窓際に立っていた。2時間のミーティングが三回行われた。各ミーティングでは15名がそれぞれスピーチを行い、その後他の参加者も交えた議論へと進む。

話の内容は、主にDiEM25の大きなテーマやねらいであった。DiEM25には、短期・中期・長期のねらいがそれぞれある。短期的なねらいは、ユーログループのすべての会議をネットで生中継すること、そしてすべての会議の議事録をとること。中期的には、ヨーロッパ投資銀行を通じて、黒字国から赤字国へ利益の循環を行うこと。長期的には、ユーローグループの代表をヨーロッパ全体で民主的に選出し、新しいユーログループのための憲法を制定すること。最後のねらいは、2025年までに達成する予定である。

ミーティングを通して、一つとても大切な点が共有された。それは、「この運動は、市民一人一人の運動である」という点である。ヴァルファキスやホルヴァットなどのビッグネームが一方的に先導するような運動になってしまってはいけない。「この運動には、中央委員会が存在してはいけない」とホルヴァットは述べていた。対して、ヴァルファキスやホルヴァットに一方的に要求を投げかけたり、答えを求めたりする参加者も少なくなかった。「代表者たちが引っ張ってくれるのだから、私たちはそのお尻についていけばいいんだ」と考えている人たちがまだまだ多かったというわけだ。しかし、これではいけない。

これは、あらゆる民主主義運動の根本的なジレンマだろう。一方では、数人のコアメンバーが色々な企画を立ち上げて、他の人たちを引っ張る必要がある。他方では、数人のコアメンバーに他の人たちが深く頼ってしまうのではいけない。むしろ、コアメンバーという役割はない方がよく、それぞれが勝手にそれぞれの納得のいくように動きつつ、できる範囲で協力しあうような形が理想的である。個人の主体性と団体としての調和をどう両立させていくのか―この問題は、運動の規模が大きくなればなるほど切実で深刻なものとなる。

私個人としては、DiEM25にこだわらずに、私としてできることをしつつ、他の人たちと柔軟な関係を築いてゆけばいいのかな、という結論を出した。